食卓にかかせない「きのこ」。日本人に古くから親しまれている大切な味わいです。
今回は、料理/食文化研究家の庭乃桃さんにきのこの食文化をご紹介いただきます。今、注目のハナビラタケに関することも教えていただければと思います。それではよろしくお願いします。
今回は、きのこの歴史と日本の食文化について「古くから文献に登場し愛されてきたきのこ」「きのこをめぐる昔話」から食生活を豊かにする「きのこと日本料理」の観点でお伝えいたします。
食物繊維が豊富で低カロリー、たんぱく質やビタミン、ミネラルを含み、旨味にも味わいにも満足感のあるきのこ。形や食感もさまざまで、まさに飽きることなく楽しめる食卓の万能選手です。
そんなきのこは、古くから世界中の人々に愛されてきた食材でした。近くの森や林に足を運べば簡単に見つけることができ、特別な道具も必要なく採れるきのこは、料理に深い香りや味わいをプラスしてくれるものとしてとても重宝されたのです。
きのこは本来、森林の湿った地面に積もった朽ちた落ち葉のあたりに生えることが多く、ある程度の湿度が保たれてさえいれば、どんな緯度の土地にでも育ちました。干して乾燥させれば日持ちも良くなり、旨味も増すため、人々は古くから好みのきのこを栽培する技術を探求してきました。
森林が多く、降雨量や樹木の種類にも恵まれている日本は、中国に次ぐ世界有数のきのこ生産国です。江戸時代に始められた【シイタケ】の榾木(ほだぎ)栽培を機に、現在では【ナメコ】【シメジ】【マイタケ】【エノキタケ】【エリンギ】【ハナビラタケ】など、さまざまな種類のきのこが年間を通じて私たちの食卓に上ります。
そんなきのこの歴史と日本の食文化のあり方を振り返りながら、きのこが持つ魅力を改めて見つめ直してみたいと思います。ぜひきのこを食べる時のささやかな楽しみとしてご覧いただけたら幸いです。
古くから文献に登場し愛されてきたきのこ

日本できのこが文献に登場するのは、古く奈良時代のことと言われています。当時は、広く一般的に「たけ」などと呼ばれていたようです。
しかしそれ以前にも、きのこはすでに人々の生活の中に溶け込んでいたらしく、約4000年前の縄文時代の遺跡をはじめ、各地から食用のきのこをかたどったと思われる土器がさまざま出土されています。
平安時代になると、きのこも種類ごとに名前で呼ばれることが多くなってきます。【マツタケ】【シメジ】【ヒラタケ】など、具体的な名前が文献に現れ始めるのです。人々は季節ごとの楽しみのひとつとして、都の周辺に広がる樹林できのこ狩りにいそしみます。それだけきのこは、とても身近な存在でした。
たとえば、12世紀初め頃に成立した『今昔物語集』にはきのこを題材とする説話がたびたび登場します。この頃に話題に上ることが多かったのは、専ら【ヒラタケ】でした。
「たひらかに平らの京すむ人は ひらたけをこそ食うべかりけれ」
(無事平穏に平安京に住んでおられる方は、このヒラタケをこそ召し上がるべきです。)
観智僧都(かんちそうず)という人物が、太政大臣・藤原伊道にヒラタケを贈った際に添えたこの和歌では、「平らか・平らの京・平茸(平らな茸)」という3つの言葉が巧みに重ねられています。
それに対して、藤原伊道は次のような歌を返しました。
「平茸はよき武者にこそにたりけれ 恐ろしながらさすが見まほし」
(ヒラタケはよい武者に似ている。見るからに恐ろしげだが、さすがに立派でいつまでも見ていたい。)
「たけ」という言葉は、もともと「長(た)ける」「猛(たけ)し」「竹」と語源が同じで、「物が勢いよく生長する」という意味を持っていたと言います。もしかすると伊道は、きのこの姿そのものが持つ伸びやかさと勢いに、勇ましい武者のイメージを重ね合わせたのかもしれません。いずれにしても、きのこはこうして歌に読まれるほど人々の食生活に浸透し、愛されていたことが窺えます。
きのこをめぐる昔話

そのほかにも、きのこが日本人に深く親しまれていたことがわかる例として昔話があります。実際、さまざまなきのこの産地として知られる北陸地方や東北地方では、きのこが登場するお話がいくつか知られているのです。
たいていは、主人公がきのこの化け物と出会い、何か困ったことが起きて、結果、きのこの苦手なものであるとされたナスで化け物を撃退する、という話が多いようです。ここで登場するのがなぜナスなのか?という点についてははっきりしませんが、おそらくは昔、きのこの毒に当たってしまった場合、ナスに含まれる成分でその毒を中和できるという迷信が広まっていたからではないかと言われています。
狂言の演目にも
また、狂言の『茸(くさびら)』という演目にもきのこが登場します。こちらは、ある男の庭に巨大なきのこが生えて、採っても採ってもなくならないので山伏を呼んで祈祷を頼んだところ、きのこは化け物のような姿になってどんどん増えていき、山伏が「ナスの印」を取り出してそれを退治しようとするというお話です。結局、最後この山伏はきのこの化け物に怖れをなして逃げ出してしまいますが、ここにもナスが登場しているのは、やはりきのこの毒消しを意図していたのかもしれません。
いずれにしても、きのこというのはこのようにニョキニョキと逞しく生えてくるものであり、とても美味しいが、時には毒を持つ恐ろしいものであることもある、というのが共通の認識だったのでしょう。そんな親しみ深くもありながら不思議で謎に満ちた存在、それがきのこなのでした。
続いて、きのこの食文化を深堀して、きのこと日本料理、注目のハナビラタケや食卓を豊かにするきのこ達をご紹介していきたいと思います。






